大きな自分と小さな自分
自分の中に”2人の自分”がいることを
ふと感じる瞬間があります。
小さなことをウジウジと考えたり喋ったりしている自分と
大きくど~んと構えていて、小さな自分を冷静に見ている自分。
小さい方からは大きい方の自分は見えません。
でも、大きい方からはいつも小さい方の自分が見えています。
今までずっと小さい方の自分のことを、
自分だと思って生きてきました。
ところが、ここ最近大きい方の自分が出てくる頻度が
増えてきたんです。面白いんです。
数週間前、父と喧嘩をしていたとき、
自分が感情的に発する言葉を自分で聴きながら、
「いやいや、そうじゃないこと、あなた分かっているでしょ?」
と心の中でつぶやいている自分がいるんですよね。
焦っている自分と同時に、焦る必要なんてないと思っている
自分がいたり。
こんなんじゃだめだよと思いながら、
いやいや大丈夫だよと思っている自分がいたり。
小さい方の自分は、「思考」とか「エゴ」とか「顕在意識」とか、
セレンディピターラボの伊東充隆先生の言葉を使わせてもらえば、
「雲(心)」と呼ばれているもの。
大きい方の自分は「青空(意識空間)」。
不動なる自分は日々生まれては消える「雲(心)」の方ではなくて、
常に変わらず存在する「青空(意識空間)」の方なんですね。
自分の本質が雲ではないと分かり始めると、
相手の雲を見ても、それを本質と見なくなるかも
しれません。