”あるもの”に目を向ける
ものの見方って色々ありますよね。
よくコップの水で例えられますね。
「あ~コップに水がもう半分しかない!」
「お~コップに水がまだ半分もある!」
キネシオロジーで筋肉をチェックするとき、おそらく
”あ~もう半分しかない!”と感じる人は筋肉に力が入らず(OFF)
”お~!まだ半分もある!”と感じる人は筋肉に力が入る(ON)
になるでしょう。
キネシオロジーでチェックする14の筋肉は、
東洋医学でいう経絡に対応しています。
つまり、14の筋肉のON、OFFを調べることで、
経絡のブロックも同時にチェックしているんです。
1番(任脈)2番(督脈)
3番(胃経)4番(脾経)4番(心経)6番(小腸経)
7番(膀胱経)8番(腎経)9番(心包経)10番(三焦経)
11番(胆経)12番(肝経)13番(肺経)14番(大腸経)
”ないもの”を通して世界を観るか、
”あるもの”を通して世界を観るか。
どちらを選択するかは、それぞれが決めること。
私は、今日、自分が”ないもの”の観方をする癖が
あるな~と気がつきました。
数年前に出会った愛の種を蒔く旅人AKOちゃんのことを
ふと思い出しました。今も変わらずAKOちゃんのままで
”美しい地球へ”という紙芝居を続けているようです。
この紙芝居を生で初めて見たとき、
涙がこみ上げてきたんですよね。
一年間で3万円の収入で、それ以上だと募金をするそうです。
食べ物は主に野草。でも、数年前見たときは筋肉隆々でしたよ!!
お金に関して言えば、会社を辞めて、
ついつい以前の自分と比べて”ない、ない”と思いがちだけど、
自分が欲しいものを得るために、必ずしもお金は必要ないかも
しれません。あると便利なんですけどね。
ないと智慧が生まれて、ちょうどよいバランスになったり
するのかな。