結婚と「井戸掘り」
僕自身は結婚してから長い間、結婚生活というのはお互いの欠落を埋めあうためのものじゃないかというふうにぼんやりと考えていました。
でも、最近になって、それはちょっと違うのかなと考えるようになりました。
それはむしろお互いの欠落を暴きたてるー声高か無言かの違いはあるにせよー家庭の連続に過ぎなかったのではないかと。
結局のところ、自分の欠落を埋めることができるのは自分自身でしかないわけです。
他人がやってくれるものではない。
そして欠落を埋めるには、その欠落の場所と大きさを、自分できっちりと認識するしかない。
結婚生活というのは煎じ詰めていけば、そのような冷厳なマッピングの作業に過ぎなかったのではあるまいかと、このごろになってふと思うようになったのです。